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9月 25, 2011 - クライミング    No Comments

挑戦は楽しい。

かの宿題が登れて、嬉しいは嬉しいし、とりあえず良いんだけれど…

ここでうっかり、「昔の自分なら初見で落とせたレベル…」と思っちゃうと、少々レベルが上がった程度では、「やっとこの程度か」と考えてしまうので、素直に喜べないのです。

故障と再開の繰り返しで、もう何度目かも忘れましたが、再開して今みたいにレベルがちょっと上がるたび、「これが初心者だったら、すっごく嬉しくて、キャッホランランなんだろうなあ。」と思っていました。

逆に言えば、自分が初心に戻りさえすれば、岩登りはもっと楽しいのです。
もし初心者だったら、何をやっても挑戦だらけで、少しでも進歩できたら素直に喜んでいたでしょう。

 
がしかし、それなりの経験をして、それなりのプライドが出来てしまうと、気がつけば、他人はもとより、過去の自分とさえ張り合っています。

だいたい、自分と他人を比べるってのは、時には進歩の後押しをしてくれますが、大抵は不幸の始まりとも言われます。 相手が「過去の自分」の場合は、実際に通ってきた道ですから、さらにタチが悪いようです。

ただ今回はちょっと違っています。
これまで苦手でほとんど手をつけてこなかったルーフ課題に集中してみたのです。
多少の未体験ゾーンと、以前と違う場所に筋肉がつき始めた感覚はなかなか新鮮で、願望やら羨望で狭くなった心を、少し広げてくれたようです。

 
あとは、「このまま指がもってくれれば…」ですが、実際もってくれないと、今度はギターも弾けなくなるかもしれません。すでに両手中指がまっすぐ伸びないので。

さて、今度はどこまでいけるのでしょう?

だからってまだ、楽しく挑戦する気はありません。挑戦するから楽しいのだと考えています。

9月 13, 2011 - OUTDOOR, クライミング    No Comments

岩の掟

さて、宿題を片付けに本日もジムにイソイソと通います。

しかし今日は蒸し暑い。
夜になっても、もわぁ~んとした空気が漂います。
外を見ると、9月の夜なのに、上半身裸のオッサンが団扇を持ってウロウロしています。
 

実は湿気は、クライマー、特にハードな課題が好きなボルダラーには一番の大敵です。 僅かな湿度の増加で、ホールドのフリクションは抜群に悪くなり、体感グレードはガツンと上がります。

そうしたわけで、世界的にもフリークライミングの限界グレードが更新されるのは、多くがその土地の冬や、湿気の少ない時期で、そうした意味で、ボルダリングやフリークライミングのベストシーズンというのは、空気が乾いて雪がまだ無い程度の冬なのです。(ただし寒いため故障はしやすいし、登れないとすごく楽しくない。)

 
多少の湿気であれば、体が軽すぎるヤツとか、力が強すぎるヤツへの影響は比較的少なめですが、今の私くらいのパワーウェイトレシオの人間には、限界近くの課題では、大きな影響がありまして…

そんなわけで、宿題は前回間違えてとり損ねたホールドを保持したものの、最後の終了点をとれずに終わりましたとさ、つまりあと一手。ほんとのほんとに一手だけ。

がしかし、この世界では、どんなにそこまでを上手くこなそうとも、そいつを完全に「保持」出来ないと、登れたことにはならんのです。

 
ついでなんで解説しておきますと、クライミングの世界は、伝統的に超極端な実力主義社会です。

とにかく登れさえすれば、少なくとも名誉だけは必ず得ることができます。
もし性格がよければ、その先も何かよいことがあるかもしれません。
顔がよければ、なお完璧です。

 
しかし一方で、その記録は今でも基本的に自己申告の世界であり、クライマーのコミュニティーは、すべてお互いの信用を土台に成り立っています。

それを逆に言うと、信頼を裏切りズルをした者に待っている制裁は、大変厳しいもので、誰が言いだすわけでもなく世界中へと広がる「永久追放」です。

別に手配書が回るわけではありませんが、ズルをしたと言うことが知れれば、その人はどこの国のクライマーからも相手にされなくなるので、そうしたことがあると、表舞台から自然と消えていきます。 非常に稀ですが過去のケースから考えると、挽回の機会はまずありません。だから実質的に永久追放なのです。

 
ルールがしっかりと規定されている競技クライミングとは違いますが、競技以外のクライミングにも、世界中に広がるクライマーコミュニティーが長年守ってきた、最低限ですが厳しいルールがあります。

しかしそれは、クライミングとクライマーの自由と進歩のために、あえて規定として明文化はされていないのです。我々がメディアで解説をするようなときも、それはそうした事実と歴史を踏まえた個人の論文に近いものです。

 
こうしたシステムは、細かい規定を決めてしまうことで、それがクライマーとクライミングの進歩や発展における、足枷となってしまわないようにと考えた、先人の知恵だと思っています。

このシステムだからこそ、新しいスタイルを提起する者が現れ、それは実践され、議論され、定着していくことで、クライミング文化は常に進歩し続けられるのです。

 
そしてもうひとつ、このシステムの背景には、おそらく先人たちのこうした思いがあります。

「俺らは君と君の判断を信用してるよ。」

そりゃあ、世界中のクライマーからの、これほどの信頼を裏切ったら、後が怖いのは当たり前ですよね?

まあ、極東の人工壁の世間ではどうでもいいレベルの課題で、何かズルをしたところで、そうしたことは無いだろうと思いますが、岩の世界に足を突っ込んじゃった人は、ここはそういう世界でもあると言うことを、頭の隅に置いて、お互いに楽しみましょうね。

9月 9, 2011 - クライミング    No Comments

ルーフもいいじゃん。

おとといから腰痛が酷くなっているにもかかわらず、ヒッジョーに落としたい課題がもう落ちそうなので、今日もヨタヨタとジムへ。 これが出来れば有段者返り咲きもほぼ現実に。というところです。 生岩ではありませんが。

ああ、そんな日に、
「できる!」と思った瞬間に真っ白になって、最後の一手手前のホールドを間違えて落っこちた… この気持ちを、皆さんにも分けて上げたいッスよ。 くやちー!!

それっきり、パワーと集中力のバランスは崩れ、本日はあえなく打ち止めとなったのでした。 まいったネ。(いや、次回は確実だ。 そうだそうだ、そのはずだ。)

しかし、ここしばらく、苦手なはずのルーフに専心していたのは正解だったようで、ホールドが大きいので指の負担が相対的に軽いため、痛みも少し軽く、かなり楽しくなってきました。

持久系の運動はぜんぜんしていないにもかかわらず、体重も順調に減っています。いいかんじです、明日の朝、起き上がれれば。

8月 12, 2011 - クライミング    No Comments

医者に見離された俺の指



ジムトレーニング後、就寝前の手です(※–たまたま写真は変な色ですが、指は普通の色です)。アミノ酸を飲んだら、テーピングを巻き、痛みのある関節周辺部を固定して寝ます。
 
血行を阻害しないテーピングの力加減はトライアンドエラーで覚えるしかありません。また、腫れがある時は巻くのはやめたほうが良いでしょう。(血行は、爪を押さえて目安にするテスト法があるとか聞きましたが、今回は探せませんでした)。

こうすると、翌日の痛みと回復時間が違うというのが、私の実感です。今後はJOINTサプリメントも、同時に試してみるつもりです。

今日は、ホールドの小さな前傾壁は、指の痛みで登れないので、170度のルーフを登りました。ボルダリングは同じグレードであれば、傾斜の強い壁のほうが、ホールドが大きくつかみ易くなるため、小さなホールドで傷めた指でも、グレードを落とさずにトレーニングが出来る場合があります。

ちなみにこのあいだ、若者に教えてもらった、腱鞘を保護する方法。「テーピングにダンボールを巻き込む」という手法。かなり良い感じだったかも。若者よ、感謝感謝。


錆びてる…

つい先日気がついたのですが、

最近「虫の知らせ」を感じることがほとんどありません。

もともと、ウチは母方がそのスジが良かったらしく(?) 一応私にも以前は微弱なセンサーかなんかがあったみたいなんですが、最近はとんとご無沙汰です。

正直、人間わからないほうが幸せなこともあるので、時には「無いほうが良い」と思ったこともあるのですが、いざ無くなってみると、何かが欠け落ちたような複雑な気分です。

思い返してみると、原因はしばらく一人で山に入っていないせいではないかな?と思います。

バイクでも歩きでも、誰の助けも期待できない状態で、人気のない僻地に入るのを繰り返すと、自然と五感が研ぎ済まされ、周囲の僅かな変化にも敏感になります。空気の振動を肌で感じられるような感覚です。

たしか、某ソロクライマーが「雪崩が来る前に分かる」と言ってたと思いますが、その状態はよくわかります。(ちなみに分かったとしても直前だったら、残念ながら逃げられませんが、身構える余裕はできるかもしれません)

そういえば、大昔にそこそこ大人数のパーティで、稜線を歩いていたとき、たまたま弱い地震が起きたのですが、気づいたのは私だけでした(後で新聞で調べて確認しました)。 確率的に「一人だけ」ってのはおかしいので、当時はその前に単独で山中に入っていた時期があったおかげかもしれません。

今思うと普通は、歩きながらあれには気づかないです。今の私もたぶん気づかないのかもしれません。

以前は、そうした微弱な変化を感じ取ることだけでは、説明しにくいことも多々ありましたが、長いので省きます。 しかしそのような五感を研ぎ澄ますような環境にあるときは、もしかしたら現時点では説明できない、「第六感」というヤツも、一緒に磨かれていたのかもしれません。

そういうわけで、最近ぜんぜん磨きをかけなかったら、いつの間にか錆びちゃった。 というちょっと寂しいオチです。

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