アメリカのTVシリーズ「スタートレック」の、特に「ヴォイジャー」以降のシリーズに良く出てきた気がするものが、各種機能をもち、主に書類のかわりとなるパッド型端末と、過去の歴史や画像等のデータベースです。艦長の先祖のプライベート写真やら何やら、実に多彩な内容が検索出来ます。でそこで私はちょっと待てよ?と思ったのです。
「これはそう遠くない将来、実現するかもしれない」と。

そもそも過去のこととはいえ、個人のプライベート写真やら、いつどこで何があったかというような記録が、いちいち未来永劫誰でも検索出来てしまうというのも、気持ち悪いと言えば悪いわけですが、将来それが出来てしまう可能性は、すでにかなりあります。

現在で言うところの、画像や動画の共有サービスがそのキーになるかもしれません。ここからは想像の極論ですが、いまこうした共有サービスにアップロードされて、「公開」に設定されている画像の数々。アップ主が年老いて天に召された後、さていったいどうなるのでしょうか?
遺族が気づかなくて、サービス提供者にも特に削除する気がなければ、そのまま公開され続けるかもしれませんし、むしろ故人の思い出として、わざとほっておく遺族もいるでしょう。

そして、こうしたことが繰り返され日常化したとすれば、当初は厳密だったはずの権利関係も、現実的には曖昧になりかねないですし、そもそも権利の相続やら、偶然バックに写りこんだ人の肖像権などややこしいはずの問題も、本人が召されてしまえば、うやむやになる例がかなりの数出てくることは容易に想像できます。
こうした「迷子のデータ」が、場合によっては社会の中で「パブリックドメイン」的な価値を認められ、法的な後ろ盾のもとに公開されつづけることも、この後けして無いとは言い切れないと思います。最近の特に米国の著作権関係の変遷を見ていると、よけいにそう思えてきます。

そしてまた、ご存知のように現在すでにデジカメの写真には、目に見えないかたちで、撮影時間他のメタデータが含まれています。そして最近はこれにGPSの位置情報が入るカメラも増えています。
つまりこうしたデータが蓄積されることによって、いずれは「何年何月の何時のどこらへん」と検索すれば、そのへんでまったく偶然に撮影された、さまざまな写真類が、簡単に検索できるようになるというわけです。つまり普通の人による普通の人の日常を記録した、膨大な規模の歴史画像データベースが、いつのまにか出来あがるのです。

とまあ、ここまで全部単なる想像ですが、こうした草の根的データベースは、後の世代の人々が真実の歴史を知るために、かなり有効な手段となりえることも想像できます。たとえば報道機関の配信した画像と、その脇で普通の人が無作為に撮った複数のシャメを比較できれば、その報道が公正だったのかどうかを検証する大きな助けになるかもしれません。しかし、その一方では著作権や著作隣接権、肖像権、そして時の権力によって監視カメラ代わりに使われてしまう危険性など、さまざまな問題が発生するでしょう。

しかし、そのようなデータベースは、さらに別の大きな意味をもつかもしれません。それは「個人史」を残すという役割です。つまり生前に撮影した記念写真など、人生の喜怒哀楽のさまざまな瞬間を、うまくすれば有名無名に関係なく誰でも、ネット上に自分の死後を含め未来永劫記録として残せるということです。何百年後の誰かが、それを偶然目にして、人生の進路を大きく変えたりすることだってあるかもしれません。いわばそれは、自分の遺伝子を誰かが受け取ってくれると信じて、未来行きのタイムマシンに乗せるようなものです。

私自身も結構そうですが、公開に抵抗のある人には、場合によっては原則非公開の預かり機関を国が作っても良いかもしれません。故人との一定の関係を証明できる人や、歴史研究者などが閲覧できるとか、運用方法はいくつか考えられるでしょう。

これまでのような紙のアルバムであれば、その写真にもし重要な歴史的価値があったとしても、まず遺族以外が目にすることは少なく、受け継がれるうちにいずれ風化して、埋もれてしまうことも考えられますが、こうしたデータベースに保存されれば、個人の記録として以外にも、研究資料として国民の大きな財産になる可能性があります。また災害などで原版を失った場合の、バックアップとしても意味があるかもしれません。

というわけですが、もし本当にこうした未来がやってくるとしたら、私自身も賛成なのか反対なのか、正直現状ではどちらとも言いきれません。そんなわけで、テレビドラマ一つでもこれだけ妄想出来る例ということで(^^;)。
※ちなみに私は「トレッキー」ではありません。単に子供の頃から海外ドラマファンなのです。